鳥越城
| 北陸道 | 加賀の国 | ||
| 城 名 | 鳥越城 | ||
| 別 称 | 別宮城 | ||
| 所 属 | 加賀一向一揆方 | ||
| 築城年 | 1573 | ||
| 築城主 | 鈴木義明 |
天正元年(1573)武田信玄が没すると、織田信長は朝倉義景や浅井長政を滅ぼし、北進する
この頃、白山麓山内惣庄の旗本・鈴木出羽守義明が鳥越城を築城、附城の二曲城・瀬戸砦・尾添砦などと共に白山麓を要塞化する
天正3年(1575)織田軍は越前に侵攻し、越前一向一揆は壊滅、総大将の下間頼照が敗死する
天正5年(1577)上杉謙信が能登畠山氏を滅ぼし加賀国に進出し、越前の織田氏家臣・柴田勝家と対峙する
天正6年(1578)上杉謙信が没すると、跡目争いにより弱体化してしまう
天正8年(1580)石山本願寺の顕如が織田信長に降伏、本願寺派の総本山が壊滅した
これにより尾山御坊が織田軍の佐久間盛政に攻められて陥落、鳥越城及び二曲城も織田方の柴田勝家軍によって落城する
天正10年(1582)再び一揆勢が蜂起するも鎮圧され、大規模な残党狩りが行われた
門徒衆三百余人が磔に処せられ、真宗の王国といわれた加賀一向一揆は終焉を迎えた
| 訪問日 | 2019_10_25 | 遺 稿 | 木造復元城門・櫓門 | |||||
| 入場料 | 無料 | 駐車場 | 無料 | C2 | ||||
鳥越城は、大日川と手取両川の合流点に位置する鳥越山の丘陵先端部に築かれた
尾根筋を巧みに利用して配置された連郭式の縄張りの巨大な山城である
昭和52年(1977)発掘調査の結果、五つの主郭と三つの腰郭と中の丸で構成され、井戸やトイレも備えていたことがわかった
枡形門前では、小鍛冶跡が検出され、火縄銃や大きさの異なる鉛玉とそれを鋳造する道具も出土した
これらは麓の「鳥越・一向一揆歴史館」に展示されている(入館料 300円)
隣接する国道360号沿いの道の駅「一向一揆の里」の敷地内には農村文化伝承館がある
昭和60年(1985)大日川対岸の山上にある附の二曲(ふとげ)城とともに国の史跡に指定された
平成2年(1990)環境整備のための発掘調査を実施
平成13年(2001)櫓門・城門が復元され、整備が完成した
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