鹿児島神宮




     
 鹿児島神宮
 大隅国一宮
 式内・大・官幣大・別表神社
 祭 神
 天津日高彦穂々出見尊
 あまつひこひこほほでみのみこと
 豊玉比売命
 とよたまひめみこと
 帯中比子尊(仲哀天皇)
 たらしなかつひこのみこと
 息長帯比売命(神功皇后)
 おきながたらしひめのみこと
 品陀和気尊(応神天皇)
 ほむだわけのみこと
 中比売尊(仲姫命)
 なかひめのみこと
 太伯
 たいはく
 2013_11_22



社伝によると神武天皇の時に天津日高彦穗穗出見尊の宮殿であった高千穂宮を神社としたものとされる
桜島より奥の北部鹿児島湾は、30万年以上前から2万5千年前の噴火でいくつかのカルデラが複合した巨大な姶良カルデラである
シラス台地の大部分はこの時発生した桜島からの火砕流であるとされている
大正3年(1914)大正大噴火により最大400mあった海峡を埋め、大隅半島と桜島が繋がった
画像
画像
画像
画像
画像
画像

平安時代に八幡神が合祀され、国分八幡宮・五所別宮・正八幡宮・正宮・大隅正八幡宮などと通称される
本殿・拝殿・勅使殿は薩摩藩8代藩主・島津氏25代当主・島津重豪が宝暦6年(1756)に造営
画像



八幡宮へのリンク


この記事へのコメント

この記事へのトラックバック